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東京高等裁判所 平成12年(行ケ)164号 判決 2000年10月25日

原告 株式会社 紅豆杉

代表者代表取締役 信川高寛

訴訟代理人弁理士 三嶋景治

被告 特許庁長官 及川耕造

指定代理人 滝沢智夫

他1名

主文

特許庁が平成一〇年審判第一七四三九号事件について平成一二年三月二九日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた判決

一  原告

主文と同旨

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者間に争いのない事実

一  特許庁における手続の経緯

原告は、指定商品を商標法施行令別表による第三〇類「茶、食用粉類、穀物の加工品、菓子及びパン」とし、「紅豆杉」の文字を書して成る商標(以下「本願商標」という。)につき、平成八年九月一八日にされた商標登録出願(平成八年商標登録願第一〇四五〇三号)により生じた権利を、平成一一年六月二四日に出願人名義変更届を提出して承継した者である。同出願については平成一〇年一〇月二日に拒絶査定がされたので、原告は、同年一一月四日、これに対する不服の審判を請求した。

特許庁は、同請求を平成一〇年審判第一七四三九号事件として審理した上、平成一二年三月二九日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年四月一七日原告に送達された。

二  審決の理由

審決は、別添審決謄本写し記載のとおり、「紅豆杉」は中国に生育するイチイ科の常緑高木であるところ、本願商標をその指定商品について使用するときは、これに接する取引者、需要者は、商品の原材料、品質を表示したものと理解、認識するにとどまり、また、「紅豆杉」が含まれていない商品に使用するときは、商品の品質について誤認を生じるから、本願商標は商標法三条一項三号及び四条一項一六号に該当するとした。

第三原告主張の審決取消事由

審決は、「紅豆杉」が原材料ないし品質の表示ではなく、かつ、これを指定商品に用いても品質の誤認を生じるおそれがないのに、本願商標は商標法三条一項三号及び四条一項一六号に該当するとの誤った認定判断をしたものであるから、違法として取り消されるべきである。

一  商標法三条一項三号について

審決は、紅豆杉が中国に生育するイチイ科の常緑高木で四種類あること、紅豆杉は米国において抗がん薬として期待されていること、日本には杉の葉を煎じてスギ花粉症を治療する方法があるところ、中国でも紅豆杉が有効であるとの報告があることを指摘するが、そのいずれの事実も取引者、需要者に知られていない。すなわち、過去においても現在においても「紅豆杉」が商品の原材料ないし品質として一般に多用されている事実はなく、また、審決が指摘する知見は、米国の臨床医学界における専門的な情報等にすぎないから、本願商標に係る指定商品の取引界において一般的な知識情報となっているわけでもない。したがって、本願商標に接する取引者、需要者において、審決の指摘する上記の意味合いを認識、看取することはなく、あえて言えば「紅の豆の杉」という意味が認識、看取されるものであって、造語的商標と認められるべきものである。

また、審決は、インターネットを通じて得られる情報知識を根拠としているが、インターネットは、特に健康に関心が高いと考えられる高齢者には無縁な者が大多数である上、特定の意図に基づき特定の情報を入力アクセスして初めて得られる情報にすぎないから、上記の知識、情報を容易に入手できるとはいえない。

さらに、被告は、原材料等の表示であるか否かの認定を、将来の予測性や可能性を基準とすべきであるとし、併せて、将来における紛争の未然防止の趣旨も主張するが、このような判断は、不安定で恣意に決せられる余地があるものであって、商標登録制度の本質に反する結果となる。商標選択の自由は何人にも認められているから、その登録を拒絶するのは必要最低限に限定されるべきであり、被告主張のような趣旨は、登録後の権利行使の制限規定である商標法二六条の適用によって解決すべきものである。

以上のとおり、本願商標は、自他商品の識別機能を十分発揮するものであって、商品の原材料ないし品質を表示するものとはいえない。

なお、紅豆杉を商品化し、商標として使用したのは原告である上、原告は、本願商標と構成を同一にする商標について、第五類「薬剤」を指定商品とする登録第四一三六〇九四号、第二一類「コップ、湯飲み」を指定商品とする登録第四一九一一二三号の各登録を受けており、本件出願についても同様に取り扱われるべきである。

二  商標法四条一項一六号について

上記一のとおり、本願商標は、指定商品の取引者、需要者に商品の原材料ないし品質を認識させるものではないから、その品質を誤認させるようなものとはいえない。

第四被告の反論

審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

一  商標法三条一項三号について

商標法三条一項三号の趣旨は、同号に該当する商標は、商品や役務の内容に関わるものであるために、現実に使用され、あるいは将来一般的に使用されるものであることから、出所識別機能を有しないことが多く、また、これを特定人に独占させることが適切でないために登録することができないことに基づくものと解される。したがって、指定商品に係る原材料名が、仮に、登録査定時には現実に使用されておらず、あるいは一般には知られていない場合であっても、将来、原材料名として使用されて、取引者、需要者の間において商品の原材料名であると認識される可能性があり、また、これを特定人に独占させることは適切でないと判断されるときには、右の原材料名は同号に該当すると解されるから(東京高等裁判所平成一二年六月一三日判決・平成一一年(行ケ)第四一〇号事件参照)、仮に、多用されていないとしても、原材料を表す文字であれば、同号に該当するというべきである。

そして、一九九七年七月一九日付け黒龍江日報の記事(乙第一号証)には、「紅豆杉は、イチイ科の常緑高木で、抗癌薬品を抽出し得る唯一の植物として知られている。既に米国等で臨床応用が進んでおり、世界で最も有効性の高い抗癌剤として期待されている。中国では、西蔵紅豆杉、雲南紅豆杉、南方紅豆杉、東北紅豆杉の四種が確認されている。」との記載が、平成九年二月二〇日付け日刊工業新聞(乙第二号証)には、「中国で貴重な薬用植物として知られている紅豆杉(こうとうすぎ)を原料とした健康茶『紅豆杉茶』の輸入、販売を始めた。」、「紅豆杉は中国の文献である『中薬大辞典』などに記載されており、古くから効能が知られていた。とくに米国では紅豆杉から抽出される紫杉醇が注射薬として抗がん剤として利用されている。また、中国では紅豆杉に利尿、降高血圧、血中脂質減少、血行改善作用があるとして健康茶として服用されている。」との記載が、平成一〇年三月二二日付け読売新聞日曜版(乙第三号証)には、「日本には杉の葉を煎じてスギ花粉症を治療する方法があるが、中国でも氷河期の植物である紅豆杉が有効だという報告がある。」との記載がある。

以上の事実からすると、「紅豆杉」は、中国の薬用植物であって、茶等の原料として用いられているものというべきであるから、本願商標は、商品の原材料、品質を表示するものであって、商標法三条一項三号に該当する。

なお、原告は、紅豆杉を商品化して商標として使用したのは原告であると主張するが、薬用植物の名称を用いた商品(特に茶)に関し、商標登録出願時にその原材料名としては広く知られていなかったとしても、世界各地の薬用植物がその成分の有効性等を理由に一躍注目を集めるようになることも見受けられるところであるから、関連商品を競業者が輸入するなどして、取引者、需要者の間において商品の原材料名として認識される可能性がある。そうすると、当該原材料名が我が国において知られていないことの一事をもって指定商品につき本願商標の商標登録を認めることは、当該商標権者と他の競業者との間に紛争を生じさせることになるから、これを未然に防止するためにも、登録を認めるべきではない。

二  商標法四条一項一六号について

上記一のとおり、本願商標は、商品の原材料、品質を表示したものと理解されるから、これを「紅豆杉」が含まれない商品に使用するときは、商品の品質について誤認を生じるおそれがあるというべきであり、同号に関する審決の認定判断に誤りはない。

第五当裁判所の判断

一  「紅豆杉」に関する一般的な認識について

(1)  まず、本願商標が商標法三条一項三号及び四条一項一六号に該当するかどうかを判断する前提として、「紅豆杉」が、本願商標の指定商品である茶等の原材料ないし品質を示すものとして、取引者、需要者に知られているかどうかについて判断する。

(2)  平成九年二月二〇日付け日刊工業新聞(乙第二号証)には、「筑波産業……は、中国で貴重な薬用植物として知られている紅豆杉(こうとうすぎ)を原料とした健康茶『紅豆杉茶』の輸入、販売を始めた。……紅豆杉は中国の文献である『中薬大辞典』などに記載されており、古くから効能が知られていた。とくに米国では紅豆杉から抽出される紫杉醇が注射薬として抗がん剤として利用されている。また、中国では紅豆杉に利尿、降高血圧、血中脂質減少、血行改善作用があるとして健康茶として服用されている。」旨の記載が、平成一〇年三月二二日付け読売新聞日曜版(乙第三号証)の「漢方漫歩」と題するコラムには、「日本には杉の葉を煎じてスギ花粉症を治療する方法があるが、中国でも氷河期の植物である紅豆杉(こうずさん)が有効だという報告がある。」旨の記載がそれぞれあることが認められ、以上のほかに「紅豆杉」が我が国において知られていることを示す証拠はない。

なお、被告は、上記のほかに、一九九七年(平成九年)七月一九日付け黒龍江日報の記事(乙第一号証)を提出し、この記事中には、紅豆杉はイチイ科の常緑高木で、中国では、西蔵紅豆杉、雲南紅豆杉、南方紅豆杉、東北紅豆杉の四種が確認されていること、これを原料とする抗がん薬が中国において臨床応用段階に入ったこと等の記載があるが、黒龍江日報が中国の地方紙にすぎないことは、その名称及び内容からうかがわれるところであって、我が国の取引者、需要者がこれに接して、「紅豆杉」に関する知見を得るということは事実上想定しがたいものといわざるを得ない。乙第一号証の体裁からすると、被告は、この記事をインターネットにより入手したものと認められるが、当該記事に接するためには、特定の目的のために「紅豆杉」等のキーワードを事前に得た上で意識的に検索する必要があると考えられるから、近年におけるインターネットの普及を考慮したとしても、そのような操作の結果得られた情報である上記記事をもって、我が国の取引者、需要者が「紅豆杉」を認識し、又は認識し得ることの直接の根拠とすることはできないというべきである。

(3)  そこで、上記乙第二、第三号証の記事の記載に基づいて判断するに、これらの記事は、本願商標の指定商品の取引者、需要者をその購読者層として含むと考えられる日刊工業新聞及び読売新聞(日曜版)に掲載されたものであるが、「紅豆杉」は、前者においては「こうとうすぎ」と、後者においては「こうずさん」と紹介されている。そして、日刊工業新聞の記事についていえば、ある業者が紅豆杉を原料とした健康茶「紅豆杉茶」等の輸入販売を開始したことの一回限りの報道記事にすぎず、現にこれがある程度以上の販売実績を残したとか、健康茶に係る業者や消費者等の間で「紅豆杉茶」が話題になったなどの事実を認めるに足りる証拠はない。また、読売新聞の記事についていえば、花粉症に対する漢方薬の処方を紹介するコラム記事中で、エピソード的に紅豆杉に触れているにすぎないものであって、紅豆杉が本願商標の指定商品の原材料となることを読者に認識させるような内容ともいえない。

以上を総合すると、我が国の取引者、需要者において、「紅豆杉」が本願商標の指定商品である茶等の原材料となることはもとより、およそそのような植物の存在自体についてほとんど知られていないと認めるのが相当である。なお、「紅豆杉」が茶等の原材料として知られていない以上、これを茶等の原材料として含むという意味での品質の表示としても、一般に認識されていないというべきである。

二  商標法三条一項三号について

(1)  以上に基づいて判断するに、上記一の認定事実からすると、「紅豆杉」が、その一般的な認識はともかく、客観的には本願商標の指定商品の一である茶の原材料となり得ることは認められるところであり、また、そもそも原告においても、紅豆杉の商品化を自ら行っていることを自認していることからして、これを茶等の本願商品の指定商品の原材料となり得ることは十分承知しているものと認められる。

しかし、商標法三条一項三号の適用上、「紅豆杉」が同号にいう原材料ないし品質の表示といえるかどうかについては、原告は、商品の原材料名ないし品質を示すものとして一般に認識されていない以上同号に該当しない旨主張し、他方、被告は、将来において取引者、需要者に知られる可能性があるから同号に該当する旨主張するので、この点について判断する。

(2)  商標法三条一項三号に掲げる商標が商標登録の要件を欠くとされるのは、このような商標は多くの場合自他商品の識別力を欠き、商標としての機能を果たし得ないものであるとともに、商品の原材料名ないし品質にあっては、取引上必要不可欠な表示として取引者、需要者に伝達する必要があることから、特定人による独占使用を認めることが公益上適当でないとの趣旨に出たものである。したがって、指定商品の原材料名ないし品質として取引者、需要者に現に認識されていない表示であっても、将来的に取引者、需要者に原材料名ないし品質として認識される可能性があり、これを特定人に独占使用させることを不適当とする公益上の理由がある場合には、同号にいう原材料ないし品質の表示に当たると解するのが相当である。

本件において、「紅豆杉」が茶等の原材料ないし品質を表示するものとして取引者、需要者に認識される可能性があるかどうかについて判断するに、日刊工業新聞において、ある業者が紅豆杉を原材料とする健康茶の輸入販売を開始したとの報道記事が一回掲載されたことがあることは前示のとおりであるが、その掲載後、審決時まで三年以上を経て、その間、同記事で報道された「紅豆杉茶」が取引者、需要者に多少なりとも浸透したことをうかがわせる証拠はなく、しかも、我が国において「紅豆杉」に関する認識が極めて乏しいことは本件の証拠関係からも明らかであるから、以上を総合すれば、将来においても、「紅豆杉」が本願商標の指定商品の原材料ないし品質を表示するものとして取引者、需要者に広く認識される可能性があるとまで認めるには足りないというべきである。

この点について、被告は、世界各地の薬用植物が一躍注目を浴びることも見受けられるところであると主張するが、一般的、抽象的な可能性としてはともかく、[紅豆杉」が将来においてそのような注目を集めるに至ることを蓋然的に予測できるだけの証拠はない。また、被告は、本願商標をその指定商品について登録を認めると、当該商標権者と他の競業者との間に紛争を生じさせることになるから、これを未然に防止するためにも、登録を認めるべきでない旨主張するが、少なくとも審決時において、本願商標が指定商品の原材料表示ないし品質表示として取引者、需要者に広く認識されている特段の事情がなく、取引者、需要者には出所の表示として認識されるものと認められる本件においては、将来において、仮に上記のような認識が形成されるに至ったとしても、他の競業者との間の紛争は、商標法二六条の規定等による権利関係の調整を図るべきものであって、被告の上記主張は採用することができない。そして、他に、指定商品につき本願商標を本件出願人の原告に独占使用させることを不適当とする公益上の理由を認めるに足りる証拠はない。

(3)  そうすると、「紅豆杉」は、指定商品につき商標法三条一項三号にいう商品の原材料を表示するものとはいえず、かつ、これを原材料として用いた商品としての品質を表示するものということもできない。したがって、本願商標が同号に該当するとした審決の認定判断は誤りというべきである。

三  商標法四条一項一六号について

上記認定のとおり、「紅豆杉」は、本願商標の指定商品の原材料名として取引者、需要者にほとんど知られていない以上、本願商標をその指定商品に用いたとしても、これに接した取引者、需要者が、「紅豆杉」を原材料として用いた商品であると誤解して、その品質を誤認することはあり得ないというべきであり、本願商標は商標法四条一項一六号に該当するものではない。本願商標が同号に該当するとした審決の認定判断は誤りというべきである。

四  以上によれば、審決は違法として取り消されるべきであり、原告の請求は理由がある。

よって、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 石原直樹 宮坂昌利)

<以下省略>

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